実家に帰省した際、夜中にふと目を覚ますと、どこからともなく規則正しい音が聞こえてきました。台所の方から響くその「ポチャ……ポチャ……」という水道のポタポタという音は、まるで古い柱時計が時を刻んでいるかのようで、妙に懐かしい気持ちにさせられました。私の実家は築四十年を超え、あちこちにガタが来ています。蛇口を閉めても止まらないあの一滴は、この家が重ねてきた年月の証しそのものであり、住む人の営みが少しずつ設備の細部を摩耗させてきた結果なのだと感じずにはいられませんでした。しかし、懐かしさに浸っているだけではいられません。水道のポタポタを放置すれば、静かな夜の安眠を妨げるだけでなく、床下に湿気を呼び込み、家そのものを傷める原因にもなります。翌朝、私は工具箱を持ち出し、父と一緒に古い蛇口を分解することにしました。ハンドルを回すと、中からはすっかり硬くなり、ひび割れた黒いケレップが姿を現しました。かつては弾力を持って水を堰き止めていたはずのゴムが、石のように硬くなっている様子を見て、父は「これもお前と一緒に年を取ったんだな」と苦笑いしていました。新しいパッキンを数百円で購入し、慎重に元に戻していく作業は、どこか神聖な儀式のようでもありました。修理を終え、再びハンドルを締めたとき、あの執拗な水道のポタポタはピタリと止まり、台所には本来の静寂が戻ってきました。この小さな修理を通じて私が感じたのは、家を維持するということは、こうした微細な不具合に目を向け、自分の手で整えていくことの積み重ねだということです。水道のポタポタという音は、単なる故障の合図ではなく、家が私たちに「少しだけ手を貸してほしい」と伝えているメッセージなのかもしれません。直ったばかりの蛇口を撫でながら、私はこの家で過ごした子供時代を思い返し、これからもこの場所が健やかであるように、小さな変化を見逃さないようにしようと心に決めました。一滴の水漏れを止めることは、家族の思い出が詰まったこの建物の寿命を、ほんの少しだけ延ばすことに繋がっているのだと信じています。